日常の仕事の中で良く聞かれることがあります。
「戸取さんはゴルフはどれくらいで回るんですか?」
先日もエイベックスさんのOさんから同様のご質問を頂戴しました。
僕はいつもこうお答えしています。
「阪神大震災の時に、僕もゴルフクラブもやられてしまったんですよ!!」
「えっ、戸取さんって被災者だったんですか?」
「ええ、そうなんです。生き埋めでおまけに背中に折れた柱が刺さってたんですよぉ」
「えっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(かなりの沈黙)」

(阪神高速道路が倒れている風景は今でもショッキングですよね)
あの日・・・広告会社のサラリーマンをしていた僕は、テレビ番組の特番の企画書作成で少し自宅で夜更かしをしていた記憶があります。
2時か3時にベッドにもぐりこんだ数時間後・・・・、「ドーーーン」
初めはダンプカーか何かが家に突っ込んできたのかなぁと咄嗟に考えるほど「地震」って感覚は無かったんです。
あの時点での映像として記憶に残っているのは、爆音と共にベッドから飛び起きた瞬間にベッドの横の家の壁が僕の方に向かって倒れてきているスローモーション映像(笑)。
もちろん、それがどんなに危険な状態の映像なのか?を理解する間もなく、瞬く間に僕の体は全壊する家屋の瓦礫の下に消えていきました。
当時、既に亡くなっていた祖母の旧家が空き家だったので、親戚の許可をもらって住んでいたんです。
どうだろう?築80年は経っていたんじゃないかなぁ。
日曜大工で改造したり、好きにペンキを塗ったりして楽しんで住んでました。
「今後台風がきたら雨漏りするかもね!」なんて冗談を言っていたんですが・・・。
ま・さ・か・・・大地震がくるとは想像もしないしね。
埋もれてからもしばらくは地震だなんて思ってなかったです。
遠くで「地震やぁーー」って叫び声が聞こえて、やっと「ああ地震なんだ」って。
幸いベッドのマットごと埋もれていたので(このクッションが僕の生死を分けたのですが)、圧迫感は少なかったのですが身動きは一切取れない!そして微妙に背中に痛みが・・・。
当然、後でわかったことですが、この時既に背中には折れた家屋の柱が刺さっていたんです。
(この柱が頭や首に刺さっていたら・・・このブログは世の中に存在していません)
「た・す・け・て・ぇー」(声が出せたことも生死を分けたポイントでした)
暗闇の中で何十回このセリフを叫んだんだろう?
時間軸を一切失った空間に近所の方の声が聞こえました。
「とどりさん??とどりさん?生きてるの?大丈夫か?これから人集めて戻ってくるからな」
「ヨカッタァ・・・助かったよ」
この時はすぐに助けてもらえると安易に考えていた僕だったんです。
実はここからが生死をかけたドラマの始まりと言う事も知らずに・・・。
続きは次回にでも。
